KILIAN | Love, don’t be shy

ラブ ドント ビー シャイ

キリアン Love, don’t be shyの香水ボトル。淡いピンクの本体と金色のキャップ

7.0 / 7.0

 D’s SCORE(7.0 / 7.0)

恋の毒に濡れた赤が、
命の赤へ。

私は私がきらいだ。
鏡の中の顔も。
尖りまくっている性格も。
そのくせ、誰かに愛されたいと願い続ける自分。
それが一番いやだった。
頑張っていなければ誰も見てくれない。
いい子でいなければ、認めてもらえない。
だから誰にも気を許せなかった。
ずっと孤独だった。
そしてまだ、何も赦せていない。


I hate me.

銀色の髪を持つ女性が暗い赤の壁の前で顔を伏せる、Love, don’t be shyのオープニング情景

ある日

恋に落ちたら、もっと自分が嫌いになった。
あの人の全てを知りたい。
自分だけを見てほしい。
願えば願うほど
その願いは夜空の月のように遠くまぶしすぎて、
絶望に呑まれた。
消えたいと思った。

そんなとき、キリアンの香水に出会った。

Love, don’t be shy

2007年発売。調香師はカリス・ベッカー。
キリアン・ヘネシーが自身のメゾンを立ち上げるにあたり、最初に創作した6作品の一つ。
それがLove, don’t be shyだった。

血液のように真っ赤なジュース。

初めて肌に乗せた瞬間、自分の香水だと思った。

トップは危険な甘さ。
マシュマロを溶かしたような風味。
そこにネロリのふくよかさと青い苦みが強く出てる。
コリアンダーの乾いた緑が、鼻の奥で軋む。
甘いのに、まだ何も許していない匂い。


恋の甘苦い毒。
きっと愛にはほど遠い。
自分はいつも「I(アイ)」しか考えてない。

肌があたたまるにつれ、その刃はゆっくりと蜜に溶けていく。
オレンジフラワーの官能、ハニーサックルの蜜、ジャスミン・サンバックの重く濃い白、ローズの濃艶。
そこにマシュマロが絡みつき、ミドルは纏わりつくような蠱惑的なスイートフローラルに変わっていく。

もっと。もっと私を・・・。

そう心が叫ぶたび、胸の奥が裂けて血がにじむ。
嫉妬の濁りと自己嫌悪の黒とが混じり合った、どす黒い血。
それでも、その血を舐めれば蜜のように甘い。
堕ちれば堕ちるほど、その毒すら愛おしくなる。

その蜜の底に、獣がいる。
シベットの乾いた毛並み、ラブダナムの燻んだ琥珀。
いつでも牙をむきそうな危険なアニマリック。
マシュマロと焦がし砂糖の向こうに、静かに息を潜めている欲望そのもの。

だからカリス・ベッカーの甘さは信用できる。
その仮面の下に、獣を隠す調香師だから。

ただ――最近のLOVEは、その獣を少し眠らせた。
深紅のジュースは柔らかな色になり、霧のかかった甘さになった。
獣の気配は消え、その分、甘さの裏に薬めいた毒気がずっと続くようになった。

どちらのLOVEにも共通するのは、甘さの底に必ず闇があること。
堕ちていく快楽の、その毒の色みがあること。

もっと。もっと・・・

そう繰り返しながら、けれどいつからか、その「もっと」に疲れた。
求めても求めても、満たされない手のひら。
ただ静かにこの世界から消えたいと願ったとき
夜空を見上げていた視線が、
いつからか自分の手元――残り香だけを見つめるようになっていた。
この手につかみたかった

LOVE。

けれど、その4文字の重みが、ずっと背中にのしかかっていた。


LONELY――愛を欲しがる孤独。
ONLY――「唯一」でありたい執着。
VANITY――愛されたいI(アイ)の虚栄。
ETERNITY――それらを越えてなお願う、永遠。

4つの頭文字を縦に貫けば、LOVE。生まれつき背負った十字架。
だから歩くしかなかった。

そんな孤独な道行きを
茨のような道程をキリアンのLoveと歩いた。
やがて訪れた美しいラストに
何度も心を洗われ涙しながら。

Loveのラストは、アタラキシア。
魂の平安へ導く赤。
あれほど付きまとっていた苦みが、潮が引くように消える。
残るのは、とろけるヴァニラ。
キャラメルの甘さ。
まろやかなムスクに包まれた、静かな陶酔。
どす黒かった血が、鮮やかな赤に変わっていく。
それがわかるラスト。
恋の毒に侵され続けた者だけが辿り着ける、その鮮血。
傷の赤が、命の赤へ。

LOVEは、その瞬間までずっと、そばにいた。
苦みにも甘さにも醜い執着にも何ひとつ否定せず、香りながら。
そして気づく。
本当にこの香りが好きだと。
この香りを愛せる自分が、確かにここにいると。

だから今なら言える。
恥ずかしがらずに。

あなた


私はあなたが好きだ。
たとえ、あなたに嫌われたとしても。
私は、あなたを愛している。
そんなふうに、人を愛することができた。
だから、やっと私は私を好きになれた。

ありがとう。 I LOVE ME.

FRAGRANCE DATA
D’S SCORE
7.0 / 7.0
BRAND / FRAGRANCE
KILIAN
Love, don’t be shy
RELEASE
2007
TYPE
オリエンタル・ヴァニラ / フローラル・グルマン
TOP
ネロリ / ベルガモット / ピンクペッパー / コリアンダー
MIDDLE
オレンジブロッサム / ハニーサックル / ジャスミン / マシュマロ / アイリス / ローズ
BASE
シュガー / ヴァニラ / キャラメル / ムスク / シベット / ラブダナム
PERFUMER
Calice Becker
カリス・ベッカー
この香りの向こうへ
TOM FORD | LOST CHERRY
甘さの奥に潜む、もうひとつの背徳をたどるなら。
TOM FORD | LOST CHERRY
Frédéric Malle | Musc Ravageur
甘さの底に眠る獣と、濃密なムスクへ。
Frédéric Malle | Musc Ravageur
GUERLAIN | Shalimar Parfum
ヴァニラと樹脂が紡ぐ、永遠の愛へ。
GUERLAIN | Shalimar Parfum
Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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