GUERLAIN | L’HEURE BLEUE EDP

ルール ブルー EDP

ゲラン ルール ブルー EDPのボトル
D’s SCORE 5.4 / 7.0(★5)

 D’s SCORE(5.4 / 7.0)

夜と朝の境界。
光になる直前の青。

ゲラン ルール ブルー。

その名を聞けば、思い浮かぶのは美しい黄昏どきだ。太陽が地平線の向こうへ沈み、昼でも夜でもないほんのわずかな時間だけ世界を包む蒼。1912年、ジャック・ゲランが香りにした「蒼の時」。

だが、2026年に発売された新ルール ブルー EDPを肌にのせて最初に浮かんだのは、夕暮れの光ではなく、夜から朝へ向かう「もうひとつの青の時間」だった。

デルフィーヌ・ジェルクのブルー・ムードボード

夜明け前。まだ太陽は昇らず、世界は濃紺の静寂に沈んでいる。やがて東の空だけが少しずつ薄くなり始め、夜の闇がほどけて蒼が白へと変わってゆく。鳥が一羽、どこかで鳴く並木通り。草葉の先には朝露。少し肌寒い空気を吸い込むと、鼻の奥がすっと冷える。自分がこの香りから受け取ったのは、そんな時間の「青」だった。

調香師デルフィーヌ・ジェルクは、この香りを作るにあたって「ブルー・ムードボード」を制作している。青を基調としたファッション写真、パウダーブルーのアイメイク、青い絵具のストローク、テクスチャー、言葉、白いマシュマロ――そこに貼られていたのは、「ひとつの完成された風景」ではなく、青という色から立ち上がるいくつもの断片だった。光。質感。肌。空気。甘さ。冷たさ。それらが一枚のボードの上に重ねられている。それは蒼のイメージの集合体、まさに、青のパッチワーク。

1912年のルール ブルーには、ジャック・ゲラン自身が激しく心を動かされた「ひとつの情景」があった。夏の夕刻、ポン・ヌフを渡る途中に目にした、セーヌと空が黄昏の中で溶け合う光景。夕暮れから夜へ移ろう、ほんの短い蒼の時間。そこには調香師の心に刻まれた一枚の情景が最初にあった。

だがデルフィーヌ・ジェルクは今回、同じように「自分が見た青」を一枚の絵として差し出す手法はとっていない。むしろ「この香りからあなた自身の『青いとき』を見つけてほしい」――そんなメッセージを渡しているように思える。夕暮れでもいい。夜明け前でもいい。海でも都会のガラスでもいい。ひとつの風景を答えとして示すのではなく、青という色の断片だけを香りの中に置き、最後の一枚を嗅ぐ人に委ねる。だからこそこのムードボードは、今回のルール ブルーを象徴している。

香りそのものも、一枚の絵というより、いくつもの青い断片を重ねた構成をしているように思える。

ルールブルー2026。あえてそう呼ぶ。

美しいブルーグラデのボトルからスプレーした瞬間、ベルガモットの明るさとともに立ち上がるのが、今回の香りを決定づける強いオゾニック・アコードだ。

冷たい。透明。ツンと抜ける青い苦みがある。そして少しクリーミー。

ところが次の瞬間には青苦い野菜のようでもあり、海藻のようなコクや塩みもあり、ときには防虫剤や電気蚊取りマットを温めたときのようなわずかに人工的な薬品っぽささえ感じる。それは、全体的に鼻の奥をつんと抜けていくグリーンでスパイシーな刺激をもった透明で清涼感のある香りだ。ひとことで「オゾニック」と呼ぶには、あまりにも表情のファセットが多い。青のパッチワークだ。

デルフィーヌのムードボードが、いくつもの青い断片を一枚の上に重ねていたように、このオゾニック・アコードもまた、異なる質感の「青」を寄せ集めて作られている。そう感じる。

今回、この香水に使用されたオゾニック・アコードを単体のムエットで嗅ぐ貴重な機会を得た。いくつもの香料を用いて調合されたオゾニック・アコード。その輪郭はさらに面白い。

ムエットからまず感じたのは、冷たい清涼感をもったスパイシーな青野菜のような香り。―もっとも近い印象を挙げるならミョウガ。あの瑞々しく、冷たく、ほんのり苦い香り。あるいは指でもんだ直後のヨモギを思わせる青苦さ。すっと鼻の奥へ抜ける清涼感と、つんとしたグリーンの苦味。その一方で輪郭の周囲には、朝靄のような薄くクリーミーな柔らかさが漂う。冷たいのに、乾いてはいない。むしろ湿度を含んだ空気。それが、このアコードの不思議なところだ。

そもそも「空気」には明確な匂いがない。だからオゾンや空気感を香りとして表現すること自体、本来とても難しいとされている。水、植物、フローラル、そして拡散性の高い合成香料を重ね、湿度や透明感、冷たさまで組み立てていく。今回デルフィーヌがその「空」の核として選んだひとつが、カスカロン(Cascalone)だった。

2026年のルール ブルーでは、その人工的に作られた空気が香り全体の上層を覆う一枚の膜のように存在している。冷たく、強い人工的な空気のベール。その向こう側に、ルール ブルーらしい柔らかな世界が見え隠れするかのように。

トップでは最初、ベルガモットの酸味の揮発に、ペアーと思われる瑞々しい甘さが重なる。冷たくシャープなオゾニックの流れが香りの上方へすっと伸び、水を思わせる強い拡散感が肌の上だけでなく周囲の空気まで青く染めていくようだ。この空のような瑞々しさを支えているひとつが、カスカロン(Cascalone)。デルフィーヌ自身、従来のカロンより塩気や海のニュアンスが少なく、「海よりも空」を思わせる素材として選んだと語っている。

ただ、その「上へ抜けていく青さ」は非常に強い。濃紺だった空が次第に明るくなってゆくように、青、薄青、そして白――そのグラデーションに合わせて香りが少しずつ変化していく。

10分ほどするとミドルになる。ミドルに入ると、甘さが急に厚みを増す。それはトップにあったペアーのフルーティーな甘さとは明らかに違う、もっと白く、もっと濃く、明確に「菓子」を思わせるこってりした甘さだ。今回加えられたというギモーヴ・アコードの存在を意識するのはこのあたりだろう。マシュマロや砂糖菓子を思わせるエチルマルトールのような密度の高いグルマン的な甘さに感じる。興味深いのは、それほど甘くなっても香りの上方では依然として青苦いオゾニック・アコードが続いていること。上空へ向かって、冷たい気流がまっすぐ立ち上がっている。だから2026は、いつも最初にツンとくるのだ。

そしてその下に、白い甘さが広がる。さらにその下からアイリスが顔を覗かせる。このアイリスも単体のムエットを嗅ぐ機会をいただいた。印象は非常に細かな白い粉。ほの甘いフローラル感を寄り添わせた上質なパウダリー。それは、柔らかい甘さを伴った片栗粉にも似て、指先につければさらさらと崩れそうな白いパウダーの香りだ。

このアイリスが、ギモーヴの甘さに白い粉を振りかける。青いオゾン、白いアイリス、白い砂糖菓子。ミドルは、青と白の美しいグラデーションだ。太陽が昇る前の静謐なひととき。それは夜の終わりの始まり。世界が目を覚ます直前の、ほんの数十分。空には青と白のグラデーション、地上にはまだ冷たい朝露。静かで、甘く、どこか心が安らぐ2026のミドルが、その冷たい色にシンクロしてゆく。

2時間もすると、アイリスの白いパウダーは次第にヴァニラへと溶け込んで消失してゆく。このラストのヴァニラがなんとも言えずいい。こちらも、使用されているヴァニラを単体で嗅ぐ機会を得たが、ほんのり木質感を含んだ内省的な柔らかいヴァニラだ。香りの高さでいえばアイリスよりさらに低く、肌の近くへ静かに沈んでいく。このヴァニラはまさに「マネできるならどうぞ」くらいのゲランのお家芸とも言えるほどの珠玉の出来。そうした自信があるからこそ、2026発表会のイベントで、使用香料を単体でムエットで体験させてくれたのだろう。いくつかのヴァニラ素材を重ねたような奥行きがあり、シャリマー レソンスで感じたような、ゲランらしい上質で丸みのある美しいヴァニララストだ。

ここまで来ると香りの下層は実に白く穏やかで美しい。上質なアイリスチンクチャ―とヴァニラ。その柔らかな甘さ。微睡みの残り香のような静けさ。

ところが

その上空にはまだトップで感じた強いオゾニック・アコードがいて、つんと冷たい青の線を描きながら、最後まで上空へ流れ続ける。さながら孤高のひこうき雲のように。

だから

おそらく、このオゾニック・アコードをどう感じるか。そこが2026年のルール ブルーを好きになるか苦手になるかを大きく分けるポイントになるだろう。1912年のルール ブルーが夕日のオレンジから夕闇へ変わりゆく熱変化を表現した黄昏とすれば、2026はその青い世界との間に薄いガラスが一枚ある。そんなイメージ。それは冷たく硬質で透明、ときには金属や薬品を思わせるほど人工的でもあるガラス。けれどその向こうには確かに、アイリスとヴァニラの柔らかなルール ブルーがいる。

ゲランを溺愛する友人は2026の香りに対してただ一言「オゾン,イラネ」と述べたが、ここは完全に個人の好みが強く出るところだろう。自分はこのオゾニックがいつまでも香る強さから、薄暮や夜明け前の青をガラス越しに眺めているような冷たい距離感。そういったものを受け取った。

2026 EDP。今後はこの香りが正式に「ルール ブルー」と呼ばれる作品となるようだ。この香りには、最初から「ひとつの正解」など用意されていない。デルフィーヌのブルー・ムードボードに一枚の完成された風景がなかったように。誰かにとっては夕暮れ、誰かにとっては夜の底に残る青、誰かにとっては海、あるいは高層ビルのガラス。そして自分にとっては、夜から朝へ向かう心が洗われていくような静かな時間。

2026は、そんなふうに、一枚の青い風景を見せる香りではなく、いくつもの青の断片を手渡しながら「あなたには、どんな青が見えますか」と問いかけてくる香りだ。オゾニックの冷たさ、アイリスの白い粉、ギモーヴの甘さ、肌の近くへ沈むヴァニラ――それらが重なり合ったとき、嗅ぐ人それぞれの中でひとつの青い情景が完成する。

1912年、ジャック・ゲランは自らが感動した情景を「蒼の時」という香りに高めた。そして2026年、デルフィーヌ・ジェルクはその青を完成させる最後の一片を、こちら側へ手渡した。あなた自身の青をここに置いてほしい、と。

蒼穹の闇がゆっくりと解ける。世界が白群の光へと次第に移ろってゆく。密やかに立ち上るヴァニラとアイリスは、静寂の夜をまどろみで満たしていた吐息の残り香。セーヌ川のほとりは、まだ夜が残した闇に沈んでいる。並木の木々に冷たい朝露が宿っている。やがて橋の向こうの空が少しずつ闇をとかし始め、湿り気を含んだ透明な霧が、ゆっくりと空へ消えてゆく。濃紺から青へ。夜から朝へ。冷たさから、温もりへ。

自分がそこに置いたのは、夜明け前の青だ。冷たいオゾニックの空気の下で、アイリスの白い粉とヴァニラの柔らかな甘さが、まだ生まれていない光のように、静かに心に広がっていく。

夜明け前のセーヌ川とパリの青い情景

過ぎ去る夜と訪れる朝の境界。光になる直前の青。2026 ルール ブルー。

FRAGRANCE DATA

D’s SCORE

5.4 / 7.0

BRAND / FRAGRANCE

GUERLAIN
L’HEURE BLEUE EAU DE PARFUM
ゲラン
ルール ブルー EDP

RELEASE

2026

FRAGRANCE TYPE

フローラル アンバー

TOP NOTES

オゾニック アコード
ペアー
ネロリ

MIDDLE NOTES

アイリス チンクチャー
アイリス バター
ジャスミン

BASE NOTES

ヴァニラ
アンブロクサン
ムスク

PERFUMER

デルフィーヌ・ジェルク
Delphine Jelk

Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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