GUERLAIN | L’HEURE BLEUE 1912 EDP

ゲラン

ルール ブルー 1912 EDP

ゲラン ルール ブルー 1912 オーデパルファムのボトル
D’s SCORE 7.0 / 7.0

 D’s SCORE (7.0 / 7.0)

 ひとつの夕景を
 百年見つめ続けた香り

セーヌ川の岸辺一人、何度も立ち去りかけて。古いトランクを胸に夕暮れを見つめている。夕映えのパリ。茜色の夕日が、オルセー駅の巨大な長屋根を赤々と照らし出している。

夕映えのセーヌ川とパリの街並み

今日の仕事を終えて家路へ急ぐ人々。ロワイヤル橋のたもと、語り合う恋人たち。ぬるびた風が川面を渡ってくる。遠く響く鐘の音。また一日が終わる。どこかもどかしい思いに胸がかき乱される。夜のとばりが心に静かにおりてくる。暗いシルエットになった下流の橋にも、もうすぐ灯がともるだろう。彼方のエッフェル塔は、一本の黒い矢のように、オレンジ色の空を突き刺している。

やがて陽が沈む。残照が赤紫のインクを空と川面ににじませる。あたりは急速に光量を落とし、不意にひとときの静けさに包まれる。そして世界は一瞬、全ての光を失い、静寂の蒼に包まれる。

ルールブルー。

精一杯生きたとしても、百年にも満たないであろうこの命。その短い旅路で、こんなにも切なくて美しい香りにめぐり会えたことを心から感謝している。

1912年、ゲラン3代目調香師ジャック・ゲランによる入魂の逸品。本レビューはオーデパルファム(EDP)の物。ルールブルーはパルファム(P)もオードトワレ(EDT)もそれぞれに際立った魅力があり、どれも甲乙つけがたい。ただ、香りの変化が特に顕著で、黄昏どきの光と影の移ろいを表現しきったように思えるEDPが、個人的には一番心に突き刺さっている。自分がこれまで出会った中でも、最もドラマティックな映像美をもったフレグランスだと思う。さながら、時代の常識を塗りかえた印象派絵画の様式を香りにも取り入れたような前衛的作品。

2026年8月、この美しく儚いルールブルーEDPは、「新ルールブルー」の登場により「ルールブルー1912 EDP」と名前が変更された。本来なら、後発の方が「2026」を名乗るべきではないかとも思う。それでもゲランがそう決めたのなら、これまで愛してきた「ルールブルー」は、これから「1912」と呼ぶことになる。

ルールブルー1912 EDP。

「たくさんの秘密が守れるように。」そんな意味深な思いをこめて中をくり抜いたという逆さハート型のキャップを外し、パフスリーブつきの女性用ドレスを模したアールヌーヴォー調ボトルから1912 EDPをスプレーする。その瞬間の衝撃。

ベルガモットの酸味、ヘリオトロープの花粉の甘さ、カーネーションのスパイシー、薬っぽい樹脂香、ス―ッと引くようなアニスの冷たい香り。それらが渾然一体となって狂おしく空気を攪拌する。1つ1つの香料がクロード・モネの絵画のように、明確にカラーを主張し合っている。それでいて、拡散力の強いアルデヒドによって各色の境界はぼかされ、全体的にはオレンジの光を照射しているイメージ。さながら沈む間際の太陽が、あたりを最も強い光で染めている情景。そう感じるトップ。

不思議なのは、それほど多くの香料が渦を巻いているのに、目の前には最後まで、ただひとつの夕景しか見えないことだ。

夕暮れ時は刻々とその光と影のバランスを変える。同様に1912は、つけてから5分ほどの間に、最も複雑に香りの様相を変える。心がとらえられ、常に香りを確認していないと気がすまないほど、前述の香料がたえず色と濃さと輝きを変えて明滅してゆく。その千変万化の洒脱さ。本当にうなるしかない。ライトな香りが好きな方にはこの複雑にゆらめくトップは敬遠されがちだろう。香水の秘密と深淵をのぞきこみたい者にのみ、ルールブルーは閉ざされたドアを開く。

強烈な残照を放っていたワックス香のようなアルデハイドと、アニスの暗い清涼感が次第に消失すると、1912は一転、静寂のミドルを迎える。メランコリックで静謐なアイリスのパウダリーな香りが、風景全体を青白く染め上げてゆく。それは、快活な昼と抑制の夜の狭間。一瞬の蒼い空白のとき。自分の全ての肩書を捨て、ただ一人、闇の中で己の深淵と向き合う時間。冥色の逢魔が時。

このアイリスの切なく美しい粉っぽさは、まるで、クロード・モネが移ろう光を追い続けた連作のよう。対象を写真のように写実的に描くのでなく、刻々と変わる光そのものを、色彩と筆触でとらえようとしたモネ。彼のように、アイリスとヴァイオレットのくすんだ香り、ヘリオトロープの甘さ、樹脂のインセンス香、トンカビーンの甘苦み、ヴァニラのクリーミーさ、それらの色を虹のパレットから直接キャンバスに置いたような印象。その色彩は、近くから見れば各色が明瞭に分かり、離れて見ると全体が蒼の風景に映るという、印象派が描く夕闇の抽象。甘くせつなくたゆたう至福のパウダリー。

そんな柔らかく穏やかなミドルが6~7時間、静かに続く。それは、すっかり夜の闇が下りたパリの街にさまざまな色の灯火がともり、心が再び落ち着きを取り戻した夜の情景のよう。パリの街の灯が煌々と夜を彩り始める。橋上の街灯がセーヌの水面を映し、金色の波をゆらゆらと燃やす。

天上からおりたヴェールはいよいよ蒼を増し、星々が夜空にまたたき始める。そして人々は蒼い時に包まれて、安息の微笑で再び家路をたどる。

蒼い時から夜へ移るセーヌ川とパリの街並み

一人歩く夕闇のプロムナード。愛しい君が待つ家へ。ルールブルー。

FRAGRANCE DATA

D’s SCORE

7.0 / 7.0

BRAND / FRAGRANCE

GUERLAIN
L’HEURE BLEUE 1912
EAU DE PARFUM

発売年

1912

香調/タイプ

フローラル・アンバー
(オリエンタル・フローラル系)

TOP NOTES

ベルガモット
アニス
コリアンダー

MIDDLE NOTES

アイリス
ヴァイオレット
カーネーション
ジャスミン
ローズ
ヘリオトロープ

BASE NOTES

ヴァニラ
トンカビーン
ベンゾイン
ムスク

PERFUMER

Jacques Guerlain
ジャック・ゲラン

Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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