ゲラン
オー ドゥ チュール


D’s SCORE(6.2/7.0)
見せない心ほど
ときに美しく透ける

朝の光が、美しく透けている。女性は白いチュールごしに窓を見つめる。
大窓から差し込むやわらかな光。白いウェディングドレス。頭に留めた白いウェディングベールが、背中まで美しく流れ落ちている。風が入るたび、薄い布はふわりと持ち上がる。
白く。軽く。透ける。

ベールを通して見る青い空。その向こうには、まだ何も書かれていない未来。まるで幸福そのものが、薄い白の向こうに透けて見えているようだ。
そんな幸福な瞬間をモチーフにした香水がある。ゲラン「オー ドゥ チュール」。
2026年、ゲラン「ラール エ ラ マティエール」の〈レ ゾー〉コレクションから登場した香り。調香はデルフィーヌ・ジェルク。
この〈レ ゾー〉というコレクションには、コットン、ポプリン、ランジェリー、カシミアなど、テキスタイルを思わせる名前が並んでいる。
最初、この〈レ ゾー〉コレクションの香水名を見たとき、リネンウォーターみたいに「ファブリック用の香水」かなと思ってしまった。だがそうではない。これはきちんと肌につけるオーデパルファン。ゲランが香りに表現したのは、布そのものの匂いではなく、「その布が肌に触れたときの質感を〈それぞれの水(レゾー)〉にたとえた」ということだろう。
カシミアなら、ぬくもり。コットンなら、清潔なやわらかさ。
そしてチュールなら、軽さ。透け感。空気を孕んで揺れる、ほとんど重さのない膜。何かを隠しながら、それでも完全には隠さないもの。
オー ドゥ チュールは、完全な新作ではない。2015年にティエリー・ワッサーが手がけ、パルファムボトルで販売、その後ビーボトル充填で展開されてきた「Le Bouquet de la Mariée〈ブーケ ドゥ ラ マリエ〉」を、デルフィーヌ・ジェルクがリメイクしたものとされる。
Fragranticaによると、当時の構成はアンジェリカ、シトラス、ピンクペッパーから始まり、オレンジブロッサム、砂糖漬けアーモンド、ローズ、ドラジェ、そしてヴァニラ、ホワイトムスク、パチョリ、インセンスへ続く。現在のオー ドゥ チュールとほぼ同じ骨格を持っている。
つまり、ワッサーが描いた「花嫁のブーケ」を、ジェルクがチュールを用いて「花嫁のベール」として語り直した香水と言えるだろう。
ゲラン公式が、この香りを白い花嫁のベールに重ねたのもよくわかる。祝い菓子ドラジェ。オレンジブロッサム。ホワイトムスク。祝福に包まれたウェディング。たしかにつけた瞬間、高貴なその「白」は見える。
トップ。シトラスが明るく弾ける。ピンクペッパーが、小さな光の粒を散らす。オレンジブロッサムが開き、白い花の向こうに朝の光が見える。
だが最も主張してくるのは、その明るさを引き戻すような、冷たく透明なアンジェリカの香りだ。
甘く。暗く。少し薬草のようで、そしてどこか冷たい。「花嫁の白いベール」という質感からすれば、透き通って冷たいイメージが増幅されるトップ。だがこの香りの白には、最初から冷たい影が寄り添っている。
ここでふと思ったのは、これはワッサーとデルフィーヌが描いた「アンジェリーク・ブラン」なのではないか、と。
ゲランの名香の一つに「アンジェリーク ノワール(2005 ダニエラ・アンドリエ)」がある。こちらがヴァニラの中に暗く苦甘いアンジェリカを沈めた香りだとするなら、オー ドゥ チュールはその対極。黒ではなく白。闇ではなく、光。
けれど。アンジェリカの香りは、そんなに単純ではない。むしろ、透過光のように、クールでスッと鼻に抜けていく感じが強い。それこそチュールの透明感、抜け感のように。だから白と同時に黒も内包する。そんな印象がある。
シトラスの明るさ。そこに冷たい水を思わせるアンジェリカの暗さ。その拮抗は、次第に暗い透明感に変わってゆく。やがて香りの中心にドラジェが姿を現す。
結婚式で配られる、アーモンドを砂糖衣で包んだ白い祝い菓子。ドラジェという名前だけを聞けば、幸福そのもののような甘さを想像する。だがこのミドルは、もっと硬質でスッキリしたビターなアーモンド香だ。
つん、としている。透明でクールな甘さ。薄い砂糖の膜。その内側から、青いアーモンドの苦みがのぞく。それがドラジェ。
甘いのに冷たい。半透明でどこか暗い。この硬質なミドルのアーモンドノートにこそ、この香りの核心があると思う。そしてここから、オー ドゥ チュールは少しずつ別の顔を見せ始める。光の奥に透けてくるのは闇。まるでチュールを通して見る現実世界のように。
人には、昼の顔と夜の顔がある。昼には笑う。祝福を受け取り、未来を信じ、白い服を着て光の中に立っている。けれど夜。ひとりになったとき、昼には見えなかったものが、心の奥から静かに浮かび上がってくる。
孤独。あきらめ。不安。まだ名前のつかない思い。それは夜の顔。
白いベールの向こうに見た輝かしい結婚式が終わる。祝福していた人々も去り、白いドレスは脱がれ、主役だった2人も、日常生活に戻っていく。
結婚生活。すれ違い時間の折り合い。夜の部屋に女性が一人。広すぎる部屋。冷めた夕食。
窓の外には、街の夜景。冷たい無数の灯の手前で、黒いチュールのカーテンが静かに夜を透かしている。
チュールは、光と同じくらい闇も透かす。きっと人の心も同じだ。
幸福な笑顔。未来を信じる言葉。誰かを愛する気持ち。それらは、きっと本物。けれど、その奥には、誰にも見せない夜の顔がある。大切なものを手に入れた瞬間から、人は、それを失う怖さが透けて見えるようになる。
幸福な気持ちは、不安を消しはしない。むしろ幸福の光を知れば知るほど、それを失うことが怖くなる。
昼の顔。夜の顔。白も。黒も。その間に薄いベールをかけて人は生きている。全て見ないように。全て見せないように。
光も。闇も。希望も。不安も。
窓から風が入る。チュールカーテンがふわりと宙に浮く。その一瞬だけ、女性の背中と都会の灯りが重なる。美しい。そして、どこか切ない。
甘やかなホワイトムスクとビターなアーモンドが心に香っている。その向こう、街の灯りが滲んでいる。
光なのか。闇なのか。そのどちらも透かしながら、一人、夜を見ている。
ゲランのオードゥチュールの香りがしている。

――誰にも見せない心ほど、ときに美しく透けてしまう。

FRAGRANCE DATA
D’s SCORE
6.2 / 7.0
GUERLAIN
Eau de Tulle
発売年
2026年
香調 / タイプ
オリエンタル フローラル
TOP NOTES
アンジェリカ / シトラス / ピンクペッパー
MIDDLE NOTES
オレンジブロッサム / ドラジェ / ローズ
BASE NOTES
ホワイトムスク / バニラ / パチョリ / インセンス
PERFUMER
Delphine Jelk

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