AMOUAGE | GOLD MAN

ゴールド マン

 D’s SCORE(6.6/7.0)

 幕が上がる
 香りはやがて金色の光になる

劇場の灯りが落ちる。

金色の緞帳だけが、暗闇の中に浮かんでいる。オーケストラ・ピットから、まだ音にならない気配が立ちのぼる。

そして、1本の香水の物語が始まる。

「金は必要ならいくらでも出す。ただし、作ってもらいたいのは本当に最高の香水だ。」

もし、そんな注文を受けたら、調香師はどうするだろう。

1983年、オマーンでひとつの香水ブランドが生まれた。アムアージュ。王家のための贈り物として、オマーンが誇る乳香やミルラと、西洋の古典的な調香技術を結びつける。その最初期の作品を託された調香師のひとりが、フランス香水界の巨匠ギ・ロベールだった。

そして生まれたのが、ゴールド ウーマンとゴールド マン。

ゴールド ウーマンが、アルデハイドのきらめきと花々をまとった壮麗なフローラルだとすれば、ゴールド マンはその豪奢さを、より深い木々と樹脂、ムスク、アニマリックな陰影へ落とし込んだ香りだ。

ただし、これを単純に「男性用」と括るのは少し違う。

ジャスミン、オリス、ローズ、乳香。これだけ華やかな素材が惜しげもなく使われている。性別よりも、むしろ問われるのは、この壮麗さを着こなせるかどうか。

そろそろ時間だ。壮大なオペラの幕が上がる。

ゴールド マンをスプレーする。

その最初の一噴き。ぱっと舞台に照明が入る。

鼻先に広がるのは、白くパウダリーな光。少しワクシーで、クラシカル。古典的なアルデハイド香水を思わせるような拡散感がある。シャネル N°5を吹いた直後の、あの白く鋭い光を思い浮かべると近い。

ただし、その光は長く続かない。その下から、細い煙が立ちのぼってくる。ドライで、爽やか。レモンのような高い酸味を感じるのに、果汁の瑞々しさではない。

乳香。フランキンセンス。オマーンという土地を象徴する香りだ。

白い光の中を、乳香の煙がゆっくりと昇ってゆく。そこへミルラやアンバーのような、少しくぐもった甘さが重なる。明るい。けれど暗い。冷たい。けれど温かい。

幕が上がって数分しか経っていないのに、舞台の色彩が次々と変わってゆく。さすが、ギ・ロベール。観客がまだ椅子に深く座り直す間もない。だが、これは序曲だ。

そして、第一幕。

香りが少し落ち着いたころ、舞台の中央へ一人のヒロインが現れる。

彼女の名はジャスミン。ふくよかで、濃密。少しインドリックで、花弁の奥に生き物の体温を感じるような可憐なジャスミンだ。

そして、その横顔を照らすのが、アイリス。淡い紫。ほの暗いヴァイオレット色の光。

ゴールド マンの面白さは、このアイリスが単なる一香料ではなく、照明のように働くところにある。

ジャスミンが前へ出れば、その輪郭を柔らかく照らす。乳香が煙れば、その白い煙に冷たい影を落とす。シダーが現れれば、木の硬さを浮かび上がらせる。香料そのものが強いのではない。

別の香料を美しく見せるために、光を当てているバイプレーヤー。そんなアイリスだ。

さらに舞台袖から、次々と脇役が姿を見せる。パチュリ。湿った土の匂い。シダー。冷たく乾いた木の香。オークモス。深い森の床。ムスク。そして、その奥にわずかに潜むシベットの獣性。

ひとつひとつの香料は強い。普通なら、どれか一つが舞台の中央で主役を奪ってしまいそうな素材ばかりだ。

ところが、誰も主役を食わない。

ジャスミンが歌う。乳香が煙を上げる。オリスが照明を変える。シダーとパチュリが舞台装置を支える。モスが奥行きを作り、ムスクとシベットが、華麗な舞台の床下に獣の体温を忍ばせる。

全員が自分の持ち場を知っている。それぞれが100%の力を出しているのに、一人として勝手なことをしない。これが、ゴールド マンという香水の凄さなのだと思う。

豪華だから凄いのではない。素材が多いから凄いのでもない。これだけの出演者を、ひとつの物語として成立させていること。そこに、ギ・ロベールの技術があると思う。

時間が経つほど、乳香の鋭さは丸くなり、ジャスミンも少しずつ舞台の奥へ退いていく。代わって残るのは、パチュリとオークモスの湿った土。シダーとサンダルウッドの乾いた木。柔らかなムスク。そして、かすかにソーピーな白い残香。

けれど不思議なことに、香りが弱くなっても、舞台が小さくなった感じがしない。音量が下がっただけ。舞台の奥行きは、そのまま残っている。

そして、終幕。

主役が最後の一節を歌い切る。

オーケストラが最後の和音を鳴らす。

一瞬の静寂。

誰も息をしない。

その直後。

割れんばかりの喝采。

ジャスミンも。乳香も。オリスも。ムスクも。木々も。土も。獣の気配さえも。すべてがひとつになった瞬間、舞台いっぱいに金色の光が降りそそぐ。その歓喜。

ゴールド マンは、単に「豪華な香水」ではない。

王家の贈り物として生まれ、オマーンの乳香と、フランス古典香水の技法を結びつけた、一つの巨大な舞台作品だ。

目指したのは、最高の香水。そこには、ギ・ロベールが培ってきた調香の知識と技術が惜しみなく注ぎ込まれている。ひとつひとつの香料は、それぞれに強い。けれど最後には、誰の声でもない。ひとつの香りになる。

そして思う。

香りが金色なのではない。すべての音が重なり、すべての香料がひとつになった、その瞬間。香りそのものが、光になる。

金色の緞帳が、ゆっくりと降りてくる。鳴りやまない喝采。

舞台に最後まで残る、まばゆい光。

その輝きの名、ゴールド。

FRAGRANCE DATA
D’s SCORE
6.6 / 7.0
BRAND
AMOUAGE
アムアージュ
PERFUME
GOLD MAN
ゴールド マン
YEAR
1983
TYPE
ウッディ シプレ
TOP NOTES
ローズ / スズラン / フランキンセンス
MIDDLE NOTES
ジャスミン / オリス / ミルラ
BASE NOTES
アンバーグリス / シベット / ムスク / シダーウッド / サンダルウッド / オークモス / パチュリ
PERFUMER
Guy Robert
ギ・ロベール
Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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