シャネル
N°5 パルファム


D’s score(7.0/7.0)
世界で最も有名な
ひとしずくの秘宝

シャネル N°5 パルファムは、妙なる花々の香りと野卑な動物臭をブレンドし、アルデヒドでそれら幾重もの香料を輝かせる、巨大な幻想庭園。他の追随を許さない、高価な香料を用いた配合。そして、その奇跡的なバランス。
まさに、琥珀色の宝石。
その一滴は極上のシャルトリューズのように、時代を超えて人を酔わせ続けるエリクサー。

1921年、調香師エルネスト・ボーによって生み出されたこの作品を、ガブリエル・シャネルは類まれな審美眼と洞察力で選び取った。この香水は、あらゆる意味で世界を変えた。そして今なお、変え続けている。
その秘密を、5つの「L」で探る。
1.Legend――伝説
一つ目は、レジェンド。
N°5は、幾多の「伝説」を生んだ。
なぜ、提示された香りの中からこの香りが選ばれたのか。アルデヒドが大胆に用いられた本当の理由は何だったのか。パルファム・シャネルの経営をめぐる闘争の裏側には、何があったのか。
いまだ謎に包まれた部分は多い。後から生まれた推測や脚色までもが人から人へと語り伝えられ、いつしか当事者たちの手を離れ、作品であるN°5そのものにミステリアスな魅力を加えていった。
時間と人々の語り。それらが、あの小さな一瓶に「歴史」と「評判」という年輪を積み重ねたのだ。
2.Lady――新しい女性
二つ目は、レディ。
シャネルがリトル・ブラック・ドレスをデザインし、窮屈なコルセットから女性たちの身体と魂を解放したことは、あまりにも有名だ。だがN°5もまた、女性を「新しい時代の女性」へと進化させる役割を担っていた。
当時は、良家の淑女は単一花香、特にローズをまとい、ジャスミンのような濃密な花の香りは、別の階層の女性と結びつけて語られることがあった。女性たちは、衣服だけでなく、香りによっても縛られ、分類され、住み分けさせられていた。
だがN°5は、それらの花を混ぜ合わせた。ローズも、ジャスミンも。清らかさも、官能も。それらを一つの抽象的な「女性の香り」へと昇華し、古い時代の境界線を踏み越えた。
女とは、ローズだけではない。ジャスミンだけでもない。相反するものを、すべて内側に抱いている。
N°5は、香りという見えないドレスで、女性の価値観と在り方を大きく変えたのだ。
3.Lasting――永続
三つ目は、ラスティング。
いつまでも心に残り、「永続」する香りだということ。
好きか、嫌いか。そんなことは関係ない。
この香りは女性の人生の折々に、何度も姿を現す。そしてそのたび、最大限の熱量で語りかけてくる。
トップのアルデヒドのきらめき。ミックスフルーツに振りかけたリキュールのように、個々の香りの本質を引き出し、それらを一つに束ね、空気へ激しく拡散させ、人を酔わせる。
インドールを含んだジャスミン。ローズ。イランイラン。そして、豊かな天然香料の饗宴。その中には、シベットやムスクを思わせる獣の匂いも潜んでいる。
美しい花々だけではない。皮膚。体温。汗。吐息。人間が生きているという、隠しようのない匂い。
だから、この香りは持続する。香料の力だけではない。心の奥深くに、強烈な獣の爪痕を残すからだ。
4.Lyrical――叙情
四つ目は、リリカル。
N°5は、無数の感情を揺さぶる「叙情的」な香りだ。
そこに人は、女性の美しさを見る。同時に、光と影のようにその美しさと一対になっている、女性の醜さまでも見る。
清らかさとダーティーさ。高慢さと謙虚さ。純真さとずるさ。天真爛漫さと計算高さ。可愛らしさと憎らしさ。そのすべて。
そんな矛盾を抱えて生きる人間の心に、N°5はストレートに響く。なぜならこの香りでは、「美しい花」と「ダーティーな獣の匂い」が協奏曲を奏でているからだ。
そこへアルデヒドが、眩いコーラスとリバーブを与える。
静かに漂うのではない。爆音。香りの壁。
光と影を抱えたまま、頭蓋の内側でブラストし続ける。
そのときどきの心の在り方が、同じ音、同じ匂い、同じ響きに共振してしまう。幸福な日のN°5。悲しい夜のN°5。
香水は変わらない。変わるのは、それを受け取る人間の心だ。
5.Love――愛
そして五つ目は、ラヴ。
この香りは意外にも、傷ついた心、不安に震える魂を、全身全霊で包み込むような優しさと「愛情」に満ちた香りだ。
N°5の功罪を一つ挙げるなら、やはりマリリン・モンローの存在だろう。彼女によってN°5は世界的な神話となった。その一方、「ベッドで身につけるもの」をめぐる彼女の有名な言葉によって、N°5には「男を誘惑する香り」というイメージが強く刻み込まれた。
だが、もう一度考えてみたい。なぜ、モンローはN°5を愛したのか。なぜ、眠るときに身につけるものとして、この香りを挙げたのか。
幼い頃から安定した家庭に恵まれず、母親との複雑な関係を抱えたまま成長した一人の少女。生きていくために、男性の欲望の対象となっても、女性たちから激しい反感を向けられても、人前では笑顔を崩せなかった。
そんなモンローの孤独と悲しみを包んでいたのが、N°5だったとしたら?それは、求めても得られなかった母の添い寝の代わりではなかったか。
もちろん、これは自分の想像だ。
けれど、彼女が眠りにつく夜を思うと、どうしても一つの光景が浮かんでくる。
赤子のように身体を丸め、N°5の香りに全身を包まれ、母を想いながら彼女が眠っていたとしたら?そう考えた瞬間、N°5の琥珀色は、まったく違う色に見えてくる。
強く、厳しく。けれど、子どもの心の内側をすべて見透かし、それでもなお微笑み、優しくたたずむ人。
N°5は、そんな母の姿を思わせる香り。
愛し、憧れ、たとえ憎んだとしても、永遠に心から切り離すことのできない人。自分を生んでくれた人を思う香り。

だから、せつなくなる。――世界で一番せつない香りになる。

シャネル N°5 パルファム
D’s score
7.0/7.0
Brand
CHANEL
Fragrance Type
Floral Aldehyde
Top Notes
アルデヒド/イランイラン/ネロリ/ベルガモット/レモン
Heart Notes
アイリス/ジャスミン/ローズ/オリスルート/スズラン
Base Notes
シベット/ムスク/サンダルウッド/アンバー/モス/バニラ/ベチバー/パチョリ
Release
1921
Perfumer
Ernest Beaux/エルネスト・ボー

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