ロエベ
アイレ スティレサ


D’s SCORE(5.2 / 7.0)
緑の風が
心をほどいてゆく

朝の草原。夜の名残を宿した若草の先に、光をひとつぶ乗せて震える、朝露。風が一度だけ大きく野を渡っていくと、足もとに広がる白い花――そのひとひらひとひらが、露をこぼしながら小さく揺れた。霞む丘の稜線は、まだ眠りから覚めきらない。その静けさの中を渡ってきた風に、熟した洋ナシの瑞々しさが混じる。
風に誘われるペアーフルーツの調べ、ロエベ アイレ スティレサ。

アイレ スティレサは、2017年に誕生したフローラルウッディムスクのオードトワレだ。「AIRE」はスペイン語で「空気」を意味し、自然の清々しさを表しているシリーズ。「SUTILEZA」は「繊細さ」「優雅さ」の意で、この香水が持つ柔らかさを象徴している。洋ナシ、スズラン、ジャスミンを中心とした穏やかな香りは、軽やかで透明感のある空気を思わせる。
スティレサのライトグリーンラメが美しい半透明ボトルを手に取る。スクウェアですっきりしたデザインも、マットな質感もとてもセンスがいい。手の中に置くと、まるで朝露を閉じ込めた淡い緑のガラスのように見える。
スティレサをスプレーすると、トップノートでは洋ナシのみずみずしいフルーティーがまず広がってくる。朝露を纏った果実の爽やかさだ。酸味と甘さとジューシーさが織りなす、心を惹きつけられる開幕。切ったばかりの洋ナシから透明な果汁がにじみ、その香りを風がさらっていくような軽さがある。
数分後にはミドルへ移行し、スズランの清楚さとジャスミンの華やかさが感じられてくる。ペアーのフルーティーは、この二つのホワイトフローラルと相性がよく、朝露の庭園を散策しているような優美な雰囲気を醸し出している。主張は穏やかで、トップから大きく印象は変わらず、優しい香り立ちがしばらく続く。
このミドルの香りは、そよ風が吹き抜ける広大な草原や、陽光に包まれた庭園に生い茂る緑の木々を思わせる。煌めく若草の上を柔らかな風がゆっくりと撫でていく。そんな美しい緑の風景を彷彿とさせる。遠くの丘では白い花びらがふわりと舞い、その向こうで羊の群れがのどかに草を食んでいる。白い花と緑の草原。その境目を、目には見えない風だけが静かに走っていく。
驚くことに、スティレサのラストノートはとても時間が長い。フローラルの下からほんのり渋みを伴った柔らかなティー系の香りが感じられると、香りはラスト。淡いジャスミンティーのような風合いで10時間ほど、肌の上で優しくたゆたう。それはスキンセントとも言うべきほんのりとした香り立ちで、かなり近くに鼻を近づけなければわからないが、肌に溶けこむような余韻を長く味わうことができる。
午後になるころ、草原を満たしていた光は、静かにその色を変えていく。見上げていた空の青は薄れ、代わりに、遠くの丘の稜線がひとすじ、金色に縁取られはじめる。風の中にあった果実と白い花は、その光の向こうへと遠ざかり、もう二度と戻らない此岸の出来事のように溶けていく。手のひらに残るのは、薄いジャスミンティーのような、ほんのわずかな気配――近づいたときだけ、肌の上にまだ小さな風が眠っていることに気づく、その静けさだけ。
全体的に俯瞰すると、スティレサはデイタイムのどんな時間帯でも好きなように使え、オンオフ問わず幅広いシーンで活躍する汎用性の高い香水といった印象だ。香り変化も少なく、強く香り過ぎない。香水を纏っていることを強く意識させるというより、その人のまわりの空気を少しだけ澄ませるような香り方をする。
ただ逆に言えば、一般的なフルーティーフローラルをさらに穏やかにしたような香りでもあり、濃厚で主張の強い香りを好む方には、モノ足りなさを感じる向きもあるだろう。こうしたナチュラルでシングルノートっぽい香りなら、国内香水にももっとコストパフォーマンスのよい作品があると感じる方もいるかもしれない。その点は好みだ。万人に好かれる香水など存在しない。
けれど、この香りの魅力は、強い個性で振り向かせることではないのだと思う。何かを主張するのではなく、重くなった空気を少しだけほどき、気分を外へ連れ出してくれる。
朝に吹いた風が、まだどこかで続いている。若草を撫で、白い花を揺らし、洋ナシの瑞々しさを連れてきたその風が、夕方には淡いティーの香りだけを残して遠ざかっていく。
纏うたびに心が軽やかに舞い上がる香り。それがスティレサだ。特別な日に纏う香水というより、何でもない一日の景色を少しだけ明るくするための香り。
若草の記憶だけを胸に残し、丘の向こうへ吹き抜けていく、緑の風の香水。

アイレ スティレサ――それは、朝に生まれ、金色の夕暮れへと還っていく、ひとときの楽園。

5.2 / 7.0
LOEWE
AIRE SUTILEZA EDT
2017
フローラル ウッディ ムスク
洋ナシ / カラブリアンマンダリン / レッドカラント
スズラン / マグノリア / エジプシャンジャスミン
ムスク / ハイチ産ベチバー / サンダルウッド
要確認

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