セルヨッフ
オーバーチュア


D’s SCORE(6.2 / 7.0)
甘い序曲、夜の幕開け。

劇場の灯りが、ゆっくりと落ちてゆく。
黄金色のシャンデリアが最後の輝きを残し、深紅の緞帳が薄闇に浮かび上がる。客席の話し声は、いつしか消えていた。視線の先には、まだ閉ざされたままの舞台。この幕の向こうには、どんな世界が待っているのだろう。

開演前の、あの胸が高鳴る時間。やがて静寂を破って最初の一音が響き、オーケストラが序曲を奏で始める。
この幕開けの高揚感を、そのまま香りに閉じ込めたような作品がある。トリノ生まれのセルヨッフ(XERJOFF)の「OUVERTURE(オーバーチュア)」だ。
創設者の一人、セルジオ・モモは、クラシック音楽やオペラを主題とするブランド、ソスピーロ(Sospiro)も手がけた。オーバーチュアが生まれたのは2016年、そのソスピーロの一本としてだ。セルヨッフのコレクションに加わったのは2019年。調香はクリス・モーリス。名はフランス語で「序曲」を意味する。
その序曲を、今度は肌の上で聴いてみる。
ひと吹きすると、熟したマンゴーを思わせる甘く豊かな果実の香りが広がる。桃のような柔らかさも覗くが、中心にあるのはエキゾティックな甘さと、熟れた果肉のコク。果汁が弾けるような瑞々しさよりも、頬張った果肉のしっとりとした質感が印象的だ。
公式のトップノートは、オレンジ、フィグリーフ、マグノリア。その組み合わせから想像するより、実際の香りはずっと濃密で、フィグを思わせる乳白色のミルキーさが果実に重なり、滑らかな厚みと奥行きを生んでいる。
数分と経たないうちに、果肉の甘さの下から、ほの暗い苦みがふっと立ち上がる。しっとりとなめされた上質なレザーを思わせる、滑らかなウッディの気配。ごく控えめな存在で、トップの揮発に伴って一瞬だけ顔を覗かせると、ほどなく果実の甘さへと溶け込んでゆく。その奥には、温かな木の苦みが静かに残っている。
黄金色の光に照らされた舞台と、その足元に影を落とす深紅の緞帳。華やかな甘さと、ほの暗い陰影。二つの表情を重ねながら、香りは次の場面へと進んでゆく。
序曲が高まり、緞帳がゆっくりと上がる。明るく照らされた舞台に姿を現したのは、ふくよかに咲き誇る白い花々だった。
その中心にいるのはマグノリア。果実の甘さを受け取りながら、次第にクリーミーな厚みを増してゆく。幾重にも重なる白い花びらが、こんもりと咲き誇るような豊かな量感。そこへイランイランが、黄色い花の彩りを添える。
熟したバナナを思わせるエキゾティックなファセットが、マンゴーの果肉感と響き合う。ただ、このイランイランは意外なほど軽やかだ。マグノリアのふくよかさに寄り添いながら、黄色い花の甘さをさりげなく重ねている。
公式にはブルガリアンローズやインディアンジャスミンも並ぶが、肌の上で中心となるのは、果実の甘さを受け継いだクリーミーなホワイトフローラル。シナモンも、ごく淡い刺激でその上をかすめる程度。鼻先をわずかにくすぐりながら、柔らかな花々に細い輪郭を与えている。
こうして花々が華やかさを増すなか、その底には、トップから続くもうひとつの香りが息づいている。
カシュメランを思わせる、温かく滑らかな木の苦みだ。最初に感じたレザーめいた気配はすでに薄れているが、その穏やかな苦みは、美しい旋律を支える低い伴奏のように、花々の奥で静かに続いている。わずかな暗さが、クリーミーな花の甘さをいっそう上品に感じさせる。
果実から花へと主役が移り変わっても、香りを包む甘さとミルキーな柔らかさは途切れない。そのぬくもりを残したまま、夢のような舞台にも、やがて終幕の気配が近づいてくる。
マグノリアのふくよかな甘さが落ち着き、イランイランの黄色い花も次第に遠ざかってゆく。代わって香りの中心へと歩み出すのは、香ばしさを帯びた穏やかな木の芳香。サンダルウッドが、花々の余韻を受け取るように温かな存在感を増していく。
ここで、開幕から続いていたミルキーな柔らかさが、もう一度姿を変える。トップでフィグがまとっていた乳白色の質感を、今度はサンダルウッドが引き継いでいるのだ。香ばしい木のぬくもりに滑らかな甘さが寄り添い、最初のマンゴーを思わせる果実の気配も、ほんのりと残っている。
そこへ、ごく淡いドライなインセンス。暖炉から細く立ちのぼる煙のような乾いた芳香が、木の香ばしさに静かな陰影を添え、華やかな高揚を満ち足りた安らぎへと変えてゆく。
やがて最後のアリアが歌い終えられ、舞台に一瞬の静寂が訪れた。
出演者たちが深々と一礼すると、客席から大きな拍手が湧き起こる。黄金色の照明に包まれ、名残惜しげに繰り返されるカーテンコール。その華やかな光景を見届けた充足感が、胸の奥に静かに広がってゆく。
最後の拍手が遠のいてゆく頃、その余韻に混じって、小さく薪の爆ぜる音が聞こえた。
赤々と燃える暖炉が、ソファーで肩を寄せ合う二人を柔らかく照らしている。窓辺には天井から下りた大きなスクリーンがあり、先ほどまでの華やかな舞台が映し出されていた。その両側から覗く窓の向こうには、深く澄んだ青い夜が広がっている。
二人はそのまま、最後のカーテンコールを見つめていた。室内には暖炉のぬくもりと、甘くミルキーなサンダルウッドの香り。ほのかな果実の甘さに、乾いたインセンスが薄い煙のように重なり、オペラを見終えた満足感をいっそう深めてゆく。
そしてスクリーンの中で、深紅の緞帳がゆっくりと下りた。
女性がそっと男性の肩に頭を預ける。暖炉の炎に照らされた二人の影が、ゆっくりと重なってゆく。
窓の外には、まだ美しい青い夜。

オペラは終わった。そして本当の夜は、これから幕を上げる。

D’S SCORE
6.2 / 7.0
XERJOFF
OUVERTURE
Eau de Parfum
2016年(Sospiro初出)
2019年(XERJOFFコレクション)
Unisex
Vibe Collection
Oriental Floral
フィグリーフ、マグノリア、オレンジ
ブルガリアンローズ、シナモン、インディアンジャスミン、イランイラン
アンバー、カシミアノート、サンダルウッド、バニラ、インセンス
Chris Maurice




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