KILIAN
ゴールドナイト


D’s SCORE(6.7 / 7.0)
漆黒のパチュリ、黄金のハニー。

誰にも負けたくない。
そう思って頑張ってきたのに、ある日ふと、何もかも投げ出したくなることがある。
自分の信じるものを曲げたくない。けれど、誰かと争うたびに、心は少しずつすり減ってゆく。
「それでも、前へ進まなければならない。」
傷だらけの鎧をまとった騎士は、そう思った。

漆黒の馬にまたがり、まっすぐ前を見つめている。全身を覆う金属の甲冑。一本の槍のように伸びた身体。黒馬は前脚を高く上げ、今にも大地を蹴って駆け出しそうだ。
それなのに、騎士は動かない。
これは、オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1903年に描いた「人生は戦いなり(黄金の騎士)」。
大胆な芸術表現によって激しい批判を浴びながらも、自らの美意識を貫こうとしたクリムト。その思いが、この鎧の騎士の姿に宿っているようにも見える。
認められたい。けれど、迎合したくない。
そんな矛盾を抱えた騎士の姿は、痛々しいほどに、美しい。
キリアンの「ゴールドナイト」。
公式が語る着想源は、クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」。しかし、実際にこの香りを嗅いで思い浮かんだのは、その翌年に描かれた黒馬の「黄金の騎士」だった。
漆黒のパチュリと黄金のハニー。相反する二つの香りが、互いの存在を強く主張する、甘く、苦く、狂おしいフレグランス。
残念ながら今は廃番となった逸品。いつか再発売してほしいと願っている、大好きな香りだ。
では、そんなゴールドナイト。いったいどんな香りなのだろうか。
そっと肌にスプレーする。
まず広がるのは、パチュリの苦み。土っぽくスパイシーで、湿った黒土を思わせる深い香りに、ビターチョコレートのようなコクがある。重厚で荒々しいのに、どこか艶やか。上質なパチュリが持つ複雑な陰影が美しい。
その奥から、芳醇な甘さが立ち上がってくる。コニャックのように熟れたウッディに、タバコの渋みと乾いたインセンスの気配が絡む。そこへクリーミーなヴァニラと、こっくりとしたハニーが重なる。
苦みと甘さ、乾いた渋みと蜜の濃密さ。異なる質感が押し合いながら、次々と表情を変えてゆく。
これでまだトップなのだから、恐れ入る。
5分ほど経つと、香りの輪郭がいっそう鮮明になる。
ぎりりと苦く、スパイシーなパチュリ。土の匂いを含んだその力強さは、まるで黒馬の荒々しい息遣いのようだ。風になびく漆黒のたてがみ。張りつめた筋肉と、大地を蹴り上げる蹄。
その黒い香りを押し返すように、黄金のハニーが輝き始める。アカシアの蜜のような、かぐわしく濃密な甘さ。とろりとした蜜の温もりに、明るく艶やかな光が宿る。
黒馬の上で、騎士の甲冑がぎらりと輝く。
漆黒と黄金。苦みと甘さ。互いに譲らず、互いを際立たせる二つの香り。
クリムトが描いた黄金の騎士が、香りとなって目の前に立ち現れるようだ。
けれど、その鮮烈な対比も、時間とともに少しずつ変わってゆく。
あれほど力強かったパチュリの苦みが角を落とし、黄金のハニーも、最初の眩しい輝きを和らげてゆく。その間を満たすように、ヴァニラの柔らかな甘さが広がってくる。
6〜7時間後。
肌に残るのは、まろやかなヴァニラとハニー。そこに、お香の煙を思わせる乾いた香りが細くたゆたっている。しっとりとした蜜の残香を、温かなヴァニラが優しく包み込む。
あれほど激しくせめぎ合っていた黒と金が、今では互いの輪郭を柔らかく溶かし合っている。
この変化が、たまらなく好きだ。
香りの中で、何かが静かにほどけてゆく。
黒は黒のまま、金は金のまま。それぞれの色を失うことなく、一つの穏やかな景色をつくり始める。
争いの熱がひいた肌は、思いのほか静かだ。
その静けさの中で、クリムトの黄金の騎士は再び動き出す。
誰にも負けたくなくて、自分の信じる道を進もうとしていた騎士。握りしめた剣も、身にまとった鎧も、きっと大切なものを守るためにあったのだろう。
けれど、戦い続けるうちに、守りたかったものの色まで見失ってはいなかっただろうか。あの黄金の鎧も、実際は傷だらけの鉄の鎧だったのかもしれない。
苦いパチュリは、もう遠くにいる。黄金のハニーも、穏やかな温もりを残すばかり。
そっと顔を上げ、もう一度、世界を見渡してみる。
西の空に、大きな黄金の太陽が沈もうとしている。
長い影を引きながら、漆黒の馬がゆっくりと丘を登ってゆく。その背には、鉄の鎧をまとった騎士。幾度もの戦いを経た鋼は鈍くくすみ、夕暮れの中で冷たい光を返している。
騎士は、もう振り返らない。
黒馬が歩みを止める。眼下には、夕陽に染まる大地がどこまでも広がっている。遠くの山々も、風に揺れる草原も、柔らかな金色の光に包まれていた。
騎士は、剣を抜かず、ただ沈みゆく太陽を見つめている。
やがてゆっくりと、自分の胸元に目を落とす。
無数の傷が刻まれた鉄の鎧。その冷たい鋼が、夕陽を浴びて、いつしか美しい黄金色に輝いていた。
世界は、こんなにも美しかったのか。
騎士は、もう一度、黄金の夕日を見つめた。

世界の色を変えるのに、誰かに勝つ必要なんてなかった。

KILIAN
GOLD KNIGHT
From Dusk Till Dawn
The Cellars
2017
Pascal Gaurin
Eau de Parfum
Amber Woody / Woody Gourmand
Patchouli / Honey / Vanilla
Anise / Bergamot
6.7 / 7.0

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