ドリス・ヴァン・ノッテン
レイヴィング ローズ


D’s SCORE(4.5 / 7.0)
夜の街へ、
薔薇を連れ出して。

夜の街へ出る。
さっきまで降っていた雨が、まだアスファルトに残っている。
濡れた路面に赤や青のネオンが細長く揺れ、タクシーのテールランプが、その光を引き裂くように遠ざかっていく。
ジャケットの襟を立て、少し早足で歩く。

そのとき、風に混じって鼻先を鋭くかすめるペッパー。
そして、一輪の薔薇。
甘くはない。優雅さを振りまくような薔薇でもない。輪郭が硬く、少し冷たい。
街の灯りがいつもより鮮やかに見える夜。まだ何も始まっていないのに、どこか気持ちだけが先へ走っていく。
ドリス・ヴァン・ノッテン「レイヴィング ローズ」。
クラシックなローズ香水の輪郭を少し崩し、その花を現代の街へ連れ出したような香りだ。
2022年、ベルギーのデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンが自身の美意識を香りへと広げたビューティーコレクション。その一作として生まれ、調香を担当したのはルイーズ・ターナー。
ドリス・ヴァン・ノッテンといえば、「アントワープ・シックス」の一人。
異なる素材。異なる色。異なる柄。本来なら馴染まないものを重ね、その違和感すら美しさへ変えてしまう。
そうした彼の感覚は、この香水のボトルにもよく表れている。
バブルガムピンクのキャップ。鮮烈なメタリックレッドのベース。軽やかさと鋭さ。花のような色と、金属的な質感。ひとつひとつを見れば少し奇妙なのに、並ぶとなぜか成立してしまう。
その感覚は、香りにもそのまま持ち込まれている。
薔薇とペッパー。とてもシンプルな組み合わせ。けれど、この二つを同じくらいの強さでぶつけたところに、レイヴィング ローズらしさがある。
肌に吹きつけた瞬間、まず感じるのは、透明感をともなったペッパーの辛みと清涼感。ブラックペッパーとピンクペッパー。乾いた刺激だけではなく、ピンクペッパー由来と思われるわずかな酸味とフルーティーさもあり、それが鼻の奥へすっと抜けていく。キッチンで挽く胡椒とは、少し違う。もっと軽く、もっと透明。どこか水分を含んだような、ウェッティーな刺激。
雨上がりの街を歩いているとき、冷えた夜風の中に紛れこんだ匂いが、不意に鼻を刺激する。その一瞬に少し似ている。
そして、そのペッパーとほぼ同じ音量でローズが現れる。ここで感じる薔薇は、ややソリッドでシャープ。花弁の柔らかさより、最初に輪郭が立つ。赤い薔薇を一輪、夜のショーウインドウの中へ置いたような、少し人工的で硬質な香り。甘さは控えめ。酸味を含み、どこか青さもある。華麗なローズ香水にありがちな、たっぷりとした甘美さとはかなり距離がある。
ネオンの光が流れていく。信号が青に変わり、人波が一斉に動き出す。その中を歩いているうちに、香りにも少しずつ変化が現れる。
5分ほどすると、最初は硬かったローズが少しゆるんでくる。閉じていた花弁が、夜気の中でゆっくり開いていくように。ミドルにはローズウォーターとローズアブソリュート。トップで輪郭ばかりが先に立っていた薔薇に、ようやく花としての丸みが出てくる。ただ、ここでも甘さは強くならない。酸味。わずかな青さ。水分を含んだ生花のような感触。芳醇さはあるけれど、重くはない。
街角のバーから、ドアが開くたびに音楽が漏れてくる。人の笑い声。グラスの触れ合う音。遠ざかる車。そんなざわめきの中でも、ペッパーは消えずに残っている。
ローズの後ろへ完全に引くわけでもなく、ときどき鼻先へ戻ってきては、花の輪郭をもう一度引き締める。この香水は、ローズだけを追っていても面白くない。ペッパーとローズ。その二つが、少しずつ距離を変えながら最後まで並走していく。
さらに時間が経つと、ローズの奥からカシュメランのツンとした苦みがわずかに立ち上がってくる。柔らかく開き始めた花弁の裏側に、細い棘が残っていたような感覚。この苦みがあることで、香りは最後まで丸くなりきらない。ほんのりとしたウッディさ。その下には、肌に薄く溶けていくようなムスク。官能的ではあるけれど、濃厚ではない。むしろ、熱の引いた夜の空気のように静か。
気づけば、人の声も少なくなっている。通りの向こうには、まだネオン。路面には、赤いテールランプの光。その風景の中へ、ウッディムスクが少しずつ沈んでいく。
自分の肌では持続は4時間ほど。香り立ちは、ややひかえめ。香料構成もかなり絞られている印象で、中心にあるのはほぼ一貫してペッパーとローズ。そこへベースのウッディムスクが薄く重なる。大きく表情を変えながら展開していく香水ではない。その意味では、香りそのものに圧倒されるような複雑さや、強烈なドラマがあるわけでもない。ローズ香水には、もっと芳醇なものも、もっと官能的なものも、もっと美しく花を描くものもある。レイヴィング ローズの面白さは、おそらく別のところにある。
薔薇をどう香らせるかというより、薔薇をどこへ連れていくか。
庭ではなく、街へ。陽の光の下ではなく、夜へ。土や葉の匂いではなく、ガラス、金属、コンクリート、濡れたアスファルトの中へ。その景色の中に一輪だけ薔薇を置く。そうすると、不思議なくらいこの香りの輪郭が見えてくる。
赤いテールランプが路面を滑る。
ショーウインドウのガラスには、幾重にも重なった街の灯。
少しだけ背筋を伸ばし、人混みの中へ踏み出す。
歩くたび、ペッパーが鼻先をくすぐる。
その刺激に呼応するように、気持ちがほんの少しだけ浮き上がる。
夜はまだ長い。
行き先は決めていない。
誰かに会うかもしれない。
何も起こらないかもしれない。
それでも、今夜だけは街の灯りが少しまぶしく見える。
ペッパーが、もう一度鼻先をかすめる。
今夜、何かあるかもしれない。

薔薇の香りが、夜風に揺れている。

4.5 / 7.0
DRIES VAN NOTEN
RAVING ROSE
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