MAISON FRANCIS KURKDJIAN | À LA ROSE

ア ラ ローズ

 D’s SCORE(5.4/7.0)

 肖像画のバラが
 時をこえて香り出す

ここに、一枚の肖像画がある。深い緑の庭を背に、一輪の薔薇を手にした貴婦人。高く結い上げられたグレイの髪、真珠の首飾り、レースとリボンを重ねた青灰色のシルクドレス。その暗い背景の中で、顔と胸元だけが、ほのかな光を受けて白く浮かび上がっている。

この女性の名は、マリー・アントワネット。

1783年。王妃が断頭台へと向かう十年前、宮廷画家エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランによって描かれた肖像画、《薔薇を持つマリー・アントワネット》。フランス語では《Marie-Antoinette à la Rose》。そして200年以上の時を隔てた2014年、この絵に描かれた一輪の薔薇から、ひとつの香水が生まれる。

メゾン フランシス クルジャン「ア ラ ローズ」。

フランシス・クルジャンが、この肖像画とマリー・アントワネットの薔薇への愛から着想し、日本市場だけに向けて発表した香りである。ではクルジャンは、この絵の中にどんな「女性」を見たのだろう。

ア ラ ローズをスプレーする。その瞬間、ベルガモットを思わせる淡い柑橘の光。そこへ洋梨やライチを思わせる透明な果実感が重なり、その下から、みずみずしい薔薇の花びらがゆっくりと開いてくる。

赤ではない。濃厚な深紅でもない。朝露をまとった、淡いピンクの薔薇。

公式には、センティフォリアとダマスクローズという二種類の薔薇が使われている。センティフォリアには柔らかな蜂蜜を思わせる厚みがあり、ダマスクローズには洋梨やライチを思わせる果実のニュアンスがあるという。だからなのだろう。この香りのローズには、花だけではなく、まだ熟しきらない果実のような瑞々しさがある。

体温の低い場所につけると、最初にほんの少しグリーンな気配が覗く。けれど鋭くはない。青臭さもない。逆に体温の高い場所では、果実の甘さが早く立ち上がる。花びらの奥に、透明な果汁を閉じ込めた薔薇。そんなトップ。

数分すると、柑橘の光は静かに消えてゆく。残るのは、柔らかなローズ。香り立ちは強くない。空間を支配する薔薇ではなく、肌の近くにだけ、小さな花園をつくるような薔薇。

鼻を近づければ、そこには生花を摘み取ったときのような自然な湿り気と、ほのかな果実の甘さがある。可憐。けれど、子供っぽくはない。少女の頬にまだ残る幼さと、これから女性になってゆく気配。その境界線に咲く薔薇。

さらに時間が経つと、香りは少しずつ低い位置へ降りてくる。華やかなローズの輪郭がほどけ、代わりにヴァイオレットを思わせるパウダリーな柔らかさが現れる。これは、スミレの花そのものというより、イオノン系の香料がもたらす、白粉のような柔らかな質感。

ここが、とても美しい。

薔薇の香水をつけているというより、湯上がりの女性の肌から、薔薇の石鹸とシャンプーの香りがかすかに立ち上っているような感覚。清潔で、静かで、どこか親密。前半の瑞々しいピンク色から、少しずつ彩度が落ち、青みを帯びたパウダリーな薔薇へ。

2時間ほどすると、ローズはさらに淡くなってゆく。シダーの存在は、自分の肌では明確には感じにくい。むしろ前に出てくるのは、柔らかなムスク。白いパウダーの上に、最後の薔薇の花びらを一枚だけ置いたような、まろやかなラスト。

派手な残香ではない。けれど肌には意外なほど長く残り、時折、忘れたころにふっと戻ってくる。遠ざかった記憶の中から、昔の人の面影だけが不意に浮かび上がるように。

ア ラ ローズは、強いローズ香を求める人には、確かに淡く感じられるかもしれない。けれどこの香水の美しさは、薔薇を大きく咲かせることではない。一輪の花の中にある、いくつもの表情を見せること。

瑞々しい果実を抱いた薔薇。柔らかなパウダーをまとった薔薇。そして最後には、肌のぬくもりと混じり合い、ほとんど記憶のようになってしまう薔薇。二種類のローズが重なりながら、ひとりの女性の時間を描いてゆく。

淡くほどけてゆく薔薇の向こうに、あの肖像画の女性が再び浮かび上がる。

28歳のマリー・アントワネット。彼女は一輪の薔薇を手に、こちらを見つめている。この一枚に、彼女の人生すべてが描かれているわけではない。けれど、その後の運命を知る自分たちは、どうしても絵の向こう側に描かれた暗い闇の意味まで見てしまう。

オーストリアからフランスへ嫁いだ少女。ヴェルサイユで華やかな時を生きた王妃。恋をしたひとりの女性。そして、子どもたちを愛した母。

歴史の中で賛否を背負い続ける王妃でありながら、この肖像画の中ではただ一人の女性として、薔薇を手に静かに立っている。ア ラ ローズを嗅いでいると、香りもまた、そんなふうに変化してゆくように感じる。

最初は若く、明るく。やがて柔らかな陰影をまとい、最後には、静かなぬくもりだけを残す。

少女から女性へ。そして、ひとりの人間へ。

数奇な運命に翻弄された一人の女性を思う。青いドレスをまとった彼女の目には、ヴェルサイユの庭園はどのように映っていたのだろう。宮殿の外では、パンの価格が高騰し、人々の不満が日に日に膨れ上がってゆくパリの街。それでも宮殿の庭には、陽の光。瑞々しい緑。咲き乱れるピンクの薔薇。彼女はそうしたものの中で、日々どんな思いで過ごしていたのだろうか。

200年以上前、一枚の肖像画の中で静かに手にされていた薔薇が、いま再び、光の中で咲きはじめ、妙なる芳香を放つ。

気高く咲き、美しく散った王妃を描く香り。その名はア ラ ローズ。そしてそれは、一輪の薔薇を手にした女性の肖像から生まれ、時を越えて、いまを生きる女性の肌へと渡された香りでもある。そう考えると、「ア ラ ローズ」という名前が、少し違って聞こえてくる。

暗い肖像画の中の薔薇から、現代の光の中の薔薇へ。

メゾン フランシス クルジャン
ア ラ ローズ。

それは、肖像画から手渡され、時を越えて香り続ける、ヴェルサイユのバラ。

PERFUME DATA

BRAND
MAISON FRANCIS KURKDJIAN

FRAGRANCE
À LA ROSE

YEAR
2014

CONCENTRATION
EAU DE PARFUM

TOP NOTES
カラブリアンベルガモット / ライチ / 洋梨

MIDDLE NOTES
ブルガリアンローズ / グラースローズ / ヴァイオレット / スイートピー

BASE NOTES
ムスク / シダー

D’s SCORE
5.4 / 7.0

PERFUMER
FRANCIS KURKDJIAN

Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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