キリアン
ビヨンドラブ
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D’s score (7.0/ 7.0)
愛を超えた先で
白い花は牙を剝く

最初に言っておく。ビヨンド ラブは「愛らしい白い花」の香りではない。チュベローズという花が持つ、最も危険で、最もあらがいがたい側面を正面から突きつけてくる香水だ。
2007年、ブランドの誕生とともに発表された最初期の香りのひとつ。それが、ビヨンド ラブ。
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ブランド黎明期、キリアン・ヘネシーは「香りより先に名前を決め、物語を用意する」という手法で香水制作を始めた。その創作思想を踏まえてこの香水を嗅ぐと、すべてが腑に落ちる。
これは“愛の中”の香りではない。
愛を踏み越えた、その先の匂いだ。
愛なんて生ぬるい。ビヨンド ラブは、理性を喰らい尽くす純白の捕食者だ。
だから、香水というものを単なるファッションやモテ、身だしなみと捉えている人は、この先を読む必要はない。ビヨンド ラブは、まとう者の心を縛り付ける見えない鎖であり、魂を溶かす美しい呪いの雫だからだ。
2007年、香水界の貴公子キリアン・ヘネシーが立ち上げた「L’Œuvre Noire(黒の傑作)」コレクション。その中に、ひときわ異彩を放つ一瓶があった。
「Beyond Love」と名付けられたその香水には、さらに「Prohibited」――禁じられしもの、という背徳的な言葉が添えられている。
副題を与えられたキリアン初期作品には、後年の「洗練」だけでは語りきれない、恐ろしいほど濃密な初期衝動がある。自分がこの名に込められた意味を知ったのは遅かった。そして今、その熱量に震撼している。
愛を超えた先にある「禁じられた世界」。
それを物語る主役は、夜に咲き、人々の心を惑わせる禁断の花、チュベローズ。
調香師カリス・ベッカーとキリアンが目指したのは、神が創造した「花そのもの」への挑戦。すなわち、チュベローズ香水における「リファレンス(絶対的基準)」を打ち立てることだったのではないか。少なくとも自分にとって、これは世界最高峰のチュベローズ香水のひとつだ。
ビヨンド ラブをスプレーする。
その瞬間、世界は反転する。
一瞬で、肉感的な白い花に心を奪われる。同時に鼻腔を貫くのは、鋭利な刃物のようなグリーン。生のチュベローズだけが持つ、青臭い茎の匂い。そしてカンファーにも似た、背筋が凍るほどの冷気。
白い花の甘さと、切り裂くような青さ。相反する二つの気配が、逃げ道を塞ぐように押し寄せてくる。それはまるで、真夜中の花畑に迷い込み、暗闇の中で白いドレスの女性に抱擁されたように。
思わず、「えっ……」と声が漏れる。
美しいのに、怖い。抱き締められているのか、捕らえられているのかさえ分からない。
それほどまでに、心を一気にわしづかみにするトップノート。
やがて体温という熱を得て、花はその本性を現し始める。
ミドルからラストにかけてのジャスミンとチュベローズの饗宴は、まさに「耽美」の一言に尽きる。
ほんのり感じられるココナッツのアコードは、チュベローズが本質的に隠し持つラクトニックな肉感を、極限まで増幅させる媚薬。
白い花の奥底に沈む、乳白色の甘み。塩気を含んだバターのような低音。とろけるようになめらかだ。だが、決して重くない。まるで自分の肌そのものが、甘美な花弁へと変異してしまったかのような錯覚。
ジャスミンのインドールは、花の奥に潜む動物的な気配をあらわにし、甘いムスクが理性の境界を曖昧にしていく。
チュベローズには、若い女性をその香りから遠ざけた、あるいは夜の花畑へ近づくことを禁じたという伝説が残されている。あまりに官能的な芳香が理性を乱し、性的な恍惚さえ呼び起こすと恐れられた――そんな逸話だ。
ただし、これは史実として確認された話ではなく、チュベローズの魔性を語るために繰り返されてきた香りの伝説である。
それでも、この香りを前にすると、なぜそんな物語が生まれたのかは理解できる。
現代において、その秘密を身にまとうことの意味。それは、自ら進んで禁域へと足を踏み入れる行為にほかならない。
この香水は、他者に「いい香り」と思わせるための道具ではない。ビヨンド ラブは、自分自身の内側に眠る「情熱」や「狂気」を呼び覚ますための、儀式的な装備だ。
現在、ビヨンド ラブはキリアン公式の通常ラインアップには掲載されておらず、正規流通で見つけることは難しい。残されたボトルを、世界中の愛好家が探し続けている香水である。
だから、もし奇跡的にこの漆黒のボトルに出会うことがあれば、迷わず試してみてほしい。そのあまりに生々しい強香にたじろぎ、「これはつけこなせない」と敬遠する人もいるだろう。けれど、それはきっと、あなたの人生における「愛」と「官能」の定義を書き換える、衝撃的な体験となる。
安っぽいロマンスや、予定調和のハッピーエンドに飽き飽きしているあなたへ。
愛することに疲れ、それでも愛に飢えている、美しき獣たちへ。
この香りは、あなたの孤独と絶望に寄り添い、そして背後から優しく喉笛に噛みつく。
呼吸するたび、甘やかに侵されてゆく体温。
気づけばあなたは、狂おしい蜜香を闇に漂わせる、孤高の白い花となる。
ようこそ、愛を超えた、執着という名の楽園へ。
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甘美な断末魔どもが咲き乱れる、残響の彼方へ。
RELEASE
2007
FRAGRANCE FAMILY
FLORAL
TOP NOTES
ジャスミン/グリーンノート
HEART NOTES
チュベローズ/ガーデニア/オレンジブロッサム
BASE NOTES
ココナッツ/アンバー/ムスク/トンカビーン
PERFUMER
CALICE BECKER/カリス・ベッカー

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