TOM FORD | NEROLI PORTOFINO EDP

トム フォード

ネロリ・ポルトフィーノ

EDP

トム フォード ネロリ・ポルトフィーノ オード パルファム スプレィ

4.2 / 7.0

 D’s SCORE(4.2/7.0)

 ひと夏許された 
 海辺の休日

その小さな港町は、イタリアの海が隠している、青い宝石箱だ。

ポルトフィーノ港のカラフルな家並みとクルーザー

イタリア北西部、リグーリア州。深い緑に覆われた岬の内側に、ポルトフィーノはひっそりと抱かれている。

山の斜面から静かな入り江へと下りていく家々。黄、橙、薔薇色。港を囲む建物は、色とりどりのマッチ箱を立てたように肩を寄せ、穏やかな弧を描いて水辺へ並ぶ。

高台にはサン・ジョルジョ教会。さらに岬を進めば、庭園を抱くカステッロ・ブラウンと海を見張る灯台。その向こうには、陽光を砕きながらどこまでも続く地中海。

古くは「ポルトゥス・デルフィーニ」と呼ばれた天然の良港。長い歴史を海とともに生きてきた小さな町は、やがて世界中の旅人を魅了するリゾートになった。

大型ホテルが空を覆うわけではない。巨大な娯楽施設が並ぶわけでもない。あるのは、港に揺れる船。石畳の小径。木々の間を渡る潮風。そして、海を眺めながら何もしないという、途方もなく贅沢な時間。

その町の名を冠した香りが、トム フォードの「ネロリ・ポルトフィーノ」だ。

香水を肌にスプレーした瞬間、まず弾けるのは、レモンやベルガモットを思わせる鮮烈な光。

黄色い果皮を指で強く折ったときのような酸味。その背後から現れる、ビターオレンジのほろ苦さ。ラベンダーとローズマリーの輪郭が、冷たい風のようにシトラスを引き締めていく。

その幕開けは、古典的なオーデコロンの代名詞である4711をどこか思わせる。清潔で、明るく、屈託がない。白いシャツの襟を正し、朝の窓を大きく開け放つような香り。自分の肌では、開始から五分ほどで鋭いシトラスが落ち着き、その奥からオレンジフラワーとネロリがゆっくりと広がる。

ただし、濃密なネロリ精油を思わせる、苦く青々とした花の迫力はない。

むしろ、オレンジの花を蒸留した水に指先を浸したような、淡く透明な芳香。白い花びらの甘さに、ハーブの緑を一滴溶かした水彩画。花の形を克明に描くのではなく、夏の空気の中へその輪郭だけを滲ませていくイメージ。

やがてジャスミンが、白い光のように重なる。

しかし、香りが劇的に姿を変えるわけではない。シトラス、白い花、ハーブ。それらが大きな起伏を作らないまま、海辺の午後のように、ゆるやかに時間を流していく。このジャスミンがとてもリラックスできる風合いになっている。

そして2時間ほどでラスト。最後に残るのは、かすかなアンバーの温度。陽が傾いたあとも石壁に残っている、昼の光の名残のような甘さ。

オード パルファムという名称から、濃密なネロリや豊かな拡散を期待すると、この香りは淡く感じられるかもしれない。なぜなら、PBはもともと「重ね付け」を前提としてトムが遊び心で作ったシリーズだから。中でもネロリポルトフィーノは、爽やかな開幕を演出する「トップ」の部分を担う香りだから。

だから、初めて出会った当時は、戸惑いを隠せなかった。

アジュールブルーのガラス。金色のプレート。トム フォードという名前。そして、ラグジュアリー・フレグランスとして提示される風格。

でも

その高品質で洗練されたボトルに比べ、肌の上に現れた香りは、あまりに軽く、あまりにクラシカルだったからだ。

美しいボトルも、金色のラベルも、「ポルトフィーノ」という名も、すべてなかったとして、同じ憧れは残るのだろうか?そう考えたとき、ふいに、この港町の歴史が香水と重なった。

ポルトフィーノは、海に守られてきた小さな港町である。色彩豊かな家々。丘の上の教会。紺碧の入り江。船で近づくとき、少しずつ姿を現す海辺の町並み。そこに人々が見いだしたのは、単なる観光地としての便利さではない。

外の世界からわずかに離れ、美しい風景の中で、誰にも急かされずに過ごせるという他にはない価値。トム フォードがこの香水に与えたものも、おそらくそれと同じだ。

古くから受け継がれてきたオーデコロンの骨格。それを、磨き上げられたボトルと、地中海の物語と、洗練されたライフスタイルによって包み直す。新しい香料を誇示することではなく、すでに存在していた美しさを、現代の憧れへと編集しなおすこと。

それこそが、トム フォードの審美眼なのだろう。だから、この香りには、肩肘を張った夜会よりも、自分自身へ戻っていく時間が似合うように思う。

夏の日の午後。

風を通す白いリネンのシャツ。素足に触れる冷たい床。テーブルの上には、読みかけの本と、氷がゆっくり溶けていくグラス。

強い日差しを避け、木陰のデッキチェアに身を預ける。

ページをめくる指先に潮風が触れ、遠くで船のロープが軋む。葉擦れの音。水面に砕ける光。グラスの縁を滑り落ちる、一筋の雫。

どこまでが自分の呼吸で、どこからが海風なのか。その境界が、次第に曖昧になっていくゆるやかな時間。

ネロリ・ポルトフィーノは、何かを強く主張する香りではない。これは、肌と光の間に薄いヴェールをかけ、心の窓を静かに開いていくプライベートな香りだ。

他人に見せるための豪華さではなく、誰にも邪魔されない時間を持つ贅沢。

それこそが、この香水が語るラグジュアリーなのだろう。

白い漆喰のひさしと白い家具があるポルトフィーノのベランダ

ひと夏だけ許された、海辺の休日。

誰にも譲らない、とっておきのプライベート・ビーチで。

ネロリ・ポルトフィーノ EDP

D’s Score

4.2 / 7.0

Brand

TOM FORD

Year

2007

Concentration

Eau de Parfum

Olfactive Family

Citrus Aromatic

Top Notes

Bergamot / Mandarin Orange / Lemon / Bitter Orange /
Lavender / Rosemary / Myrtle

Heart Notes

African Orange Flower / Neroli / Jasmine / Pittosporum

Base Notes

Amber / Ambrette (Musk Mallow) / Angelica

Perfumer

Rodrigo Flores-Roux

Doggy Honzawa
Perfume Storyteller
「ハートスコープ」は、香りから見えた心象風景。

ここで分類している「ハートスコープ」や「感情」は、ひとつの香水と向き合う中で、自分が受け取った印象です。

けれど、香りにひとつだけの正解はありません。

同じ香りから、あなたにはまったく別の風景が見え、忘れていた記憶がよみがえるかもしれません。

ここにあるレビューや物語が、あなた自身の風景や感情と出会うための、小さな入口になればうれしく思います。
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